大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)4404号 判決

原告

李重雄

被告

伊藤節子

ほか一名

主文

被告らは、各自、原告に対し、金三九二万七一八五円及びうち金三五六万七一八五円に対する昭和五〇年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは各自、原告に対し、金二四一一万一五七五円及びうち金二三六一万一五七五円に対する昭和五〇年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五〇年四月二四日午前零時三五分ころ

2  場所 堺市中百舌鳥二丁目三二三番地先道路上

3  加害車 普通乗用自動車(泉五五ま八三四六号)

右運転者 被告伊藤節子(以下「被告節子」という。)

4  被害者 訴外 亡宋竹姙(以下「亡宋」という。)

5  態様 事故現場を北から南へ向かい歩行中の被害者に、後方から南進してきた加害車がその右前部を接触させ、同人を跳ね飛ばした。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告伊藤隆孔(以下「被告隆孔」という。)は、加害車を保有し、自己のために運行の用に供していた。

2  一般不法行為責任(民法七〇九条)

本件事故当時は、降雨のため前方の見通しが悪かつたのであるから、被告節子としては、適正な速度を保つとともに、前方をよく注視して進行すべきであつたのに、同被告はこれを怠り、制限速度を超えた速度で、かつ、前方注視不十分のままセンターラインを越えて漫然と進行を続けた過失により、反対車線(北行車線)内を歩行していた亡宋との間に本件事故を発生させ、しかも、事故により後記の傷害を負つた亡宋を救助せずに逃走した。

三  損害

1  受傷、死亡

亡宋は、本件事故により脳挫傷、右硬膜下血腫、頭蓋骨・頭蓋底骨折の傷害を受けた結果、本件事故の四日後に死亡した。

2  死亡による逸失利益 一五一一万一五七五円

亡宋は、昭和二二年五月大韓民国で出生し、同国の四年制大学(家政科)を卒業した後、昭和四九年五月原告と婚姻したが、原告が大阪府立大学の研究員をしていたため、同年一二月来日し、その後事故当時まで、日本において原告と生活を共にしていたものであり、事故がなければ死亡時から四〇年間稼働し、その間、主婦として、年額一一六万三七〇〇円(日本の大学卒女子労働者の平均給与額)程度の収入を得ることができたものであるところ、生活費は収入の四〇パーセントと考えられるから、これを差し引いたうえ、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一五一一万一五七五円となる。

3  権利の承継

原告は、亡宋の夫であるところ、宋の死亡により、同人に帰属した右2の損害賠償債権を相続により取得した。

4  原告固有の損害

(一) 慰藉料 一七〇〇万円

亡宋は、事故当時妊娠一〇カ月の身重の体であつたもので、原告は生まれてくる子供のことを楽しみにしていた矢先に、妻である亡宋と胎児を一度に失い、はなはだしい精神的苦痛を受けた。殊に、本件事故が原告の面前で起こり、しかも、被告節子が亡宋を救助せずに逃走し原告が深夜の路上で身重の亡宋を一人で救助しなければならなかつた点において、原告の受けた精神的苦痛の程度は一層大きいものであつたということができるから、原告の慰藉料額は、妻である宋の死亡につき一二〇〇万円、胎児の死亡につき五〇〇万円、合計一七〇〇万円とするのが相当である。

(二) 葬儀費用 一五〇万円

原告は、亡宋の葬儀費用として、日本における仮葬と大韓民国における本葬とを合わせて一五〇万円を支出した。

原告及び亡宋の肉親は、大韓民国に居住しており、同国の出入国管理法上葬儀のために来日することは不可能であつたので、原告としては、大韓民国で本葬を行わざるを得なかつたものである。

(三) 弁護士費用 五〇万円

四  損害の填補

原告は、自賠責保険金九五〇万円の支払を受け、また、被告節子から、葬儀費用として、五〇万円の支払を受けた。

五  本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(付帯請求は、右弁護士費用相当の損害額を控除した二三六一万一五七五円に対する不法行為の日の翌日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。)を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

請求原因一のうち1ないし4は認める。5のうち、南進中の加害車が被害者と接触したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同二の1は認める。2のうち、被告節子が過失により本件事故を発生させたことは認める(ただし、同被告が制限速度を超えた速度で、かつ、センターラインを越えて加害車を進行させたとの点は否認する。)が、被告節子が亡宋を救助せずに逃走したとの点は否認する。被告節子は、事故後気が動転し、そのまま加害車を運転して事故現場より約二〇〇メートル南進したが、そこに加害車を停めて直ちに事故現場に戻り、亡宋を救助したものである。

同三の1につき、亡宋が本件事故による受傷の結果死亡したことを認める(なお、宋が死亡したのは、昭和四九年四月二九日である。)。

同三の2は争う。外国人留学生である原告と共に一時的に滞日していた亡宋の逸失利益の算定につき、今後四〇年間も日本で就労することを前提とし、日本の女子労働者の平均給与額を収入の基礎とすることは不当である。仮に、日本の女子労働者の平均給与額によるものとしても、亡宋は事故当時家庭の主婦で、現金収入を得ていなかつたものであるから、大学卒女子労働者の平均給与額によるべきではなく、賃金センサス中死亡時の宋と同年齢の全女子労働者の平均給与額によるべきである。また、生活費は収入の五〇パーセントと考えるのが相当である。

同三の3の亡宋と原告との身分関係は不知。

同三の4(一)は争う。殊に、慰藉料額の算定につき、胎児が死亡した場合を権利能力を有する者が死亡した場合と同一視するのは相当でない。

同三の4(二)は争う。殊に、大韓民国における葬儀の費用は、特別事情にもとづく、本件事故との間に相当因果関係のない損害というべきである。

同三の4(三)は争う。

同四は認める。

第四被告らの主張

一  過失相殺

原告及び亡宋は、亡宋と加害車の接触地点(以下「接触地点」という。)から約三・五メートル北方の道路西端から北西へ伸びている小道を通つて事故現場の道路(通称富田林線、以下「本件道路」という。)に出、事故現場付近を西から東へ横断しようとしたものであるが、本件事故当時は深夜で、かつ、激しい雨が降つており、街灯設備のない事故現場付近を走行する自動車の運転者からは、付近を横断する歩行者を発見することが困難な状況にあり、更に、本件道路は深夜でも非常に交通量の多い幹線道路で、しかも、接触地点の約二〇メートル南側には信号機により交通整理の行われている交差点(通称中百舌鳥三丁交差点、以下「本件交差点」という。)があり、同交差点には横断歩道が設けられていたのであるから、殊に当時身重の体であつた亡宋としては、信号に従い右横断歩道上を横断するか、あるいは、少なくとも走行する車両のないことを十分確認したうえで横断をすべきであり、原告としても、亡宋が危険な横断を行わないように、同人に指示を与え、あるいは、同人の行動に注意を払うべきであつた。ところが、亡宋は、前記小道から本件道路に出るや、右横断歩道を利用することなく直ちに横断をしようとし、本件交差点の東西方向の信号が赤であつたにもかかわらず、さしていたかさの先を加害者の進行してきた北側に向けその中に顔を差し込むような格好で、走行車両に全く注意を払わないまま、事故現場を北西から南東に向かい斜めに横断し始め、加害車の直前に飛び出し、本件事故に会つたものであり、原告は、前記小道から本件道路に出た後、本件道路西端を北から南に歩行していたが、亡宋が自分の後ろをついてくるものと軽信し、同人が右のように一人で横断を開始したことに気付かず、本件事故の発生を許したものである。被告節子は、制限速度を遵守し、かつ、前方を注視しながらセンターラインの左側(南行車線内)を進行し事故現場に差し掛かつたものであるが、事故当時の現場付近は、前記のとおり横断歩行者を発見するのが困難な状況にあり、しかも、事故当時は深夜であつたこと、事故現場付近の道路の両側は田畑で人家のない場所であること、それに、本件交差点の東西方向の信号が赤であつたことなどからして、被告節子が事故当時事故現場を横断する歩行者がないものと考えて加害車を進行させたのも無理からぬ面があつたのである。以上のとおり、本件事故の発生については、亡宋及び原告に重大な過失があり、これに対し、被告節子の過失は小さいものであるから、損害賠償額の算定にあたり、大幅に過失相殺されるべきである。

二  弁済

被告らは原告に対し、原告自認分以外に次のとおり合計一八〇万三三〇〇円の支払をした。

1  入院治療費(清恵会病院)として一七二万〇七二〇円

2  入院付添費として三万三〇九〇円

3  入院雑費として四万九四九〇円

第五被告らの主張に対する原告の答弁

主張一は争う。

同二は認める(ただし、被告ら主張の支払は、いずれも本訴請求外の損害に対するものである。)。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因一のうち1ないし4の事実は、当事者間に争いがない(事故の態様については、後記認定のとおりである。)。

二  責任原因

1  運行供用者責任

請求原因二の1の事実は、当事者間に争いがない。従つて、被告隆孔は、自賠法三条により本件事故による亡宋及び原告の損害を賠償する責任がある。

2  一般不法行為責任

被告節子に前方注視不十分の過失があつたことは同被告の認めるところであり、この点をも含めた同被告の過失の内容・程度は後記過失相殺の項で説示するとおりである。従つて、被告節子は、民法七〇九条により本件事故による亡宋及び原告の損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  受傷、死亡

亡宋が本件事故による受傷の結果死亡したことは、当事者間に争いがない(なお、後記認定のとおり、亡宋が死亡したのは昭和四九年四月二九日である。)。

2  死亡による逸失利益 一八五三万七六七一円

成立に争いのない甲第一号証、乙第一一号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、亡宋は、昭和二二年五月一〇日大韓民国で出生し、同徳大学(四年制)家政科を卒業した後新聞社に勤務していたが、昭和四九年九月同じく大韓民国の国籍を有する原告と婚姻し、原告が右婚姻前から研究生として日本の大学に留学していたため同年一二月来日し、その後は事故当時まで堺市内などにおいて原告と生活を共にし、主婦として働く傍ら若干は原告の研究の手伝いをもしていたこと、原告は、事故当時大阪府立大学大学院農学研究科博士課程の三回生であつたが、原告が研究生として滞日している間、亡宋も日本にとどまり原告と生活を共にしていく予定であつたことが認められるところ、右事実及び経験則によれば、亡宋は、事故がなければ死亡時(二七歳)から四〇年間稼働し、その間少なくともわが国における昭和五〇年賃金センサス学歴計二五ないし二九歳女子労働者の平均給与額(年額一四二万七六〇〇円)と同程度の収入を得ることができ、生活費として収入の四〇パーセントを要するはずであつたと考えるのが相当であるから、同人の死亡による逸失利益を右賃金センサスを用い、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると一八五三万七六七一円となる。

(算式) 一、四二七、六〇〇×(一-〇・四)×二一・六四二=一八、五三七、六七一

3  原告固有の損害

(一)  慰藉料 一〇〇〇万円

前掲乙第一一号証及び原告本人尋問の結果によれば、亡宋の胎内にいた胎児は、事故前まで順調に発育していたもので、本件事故の後一カ月足らずで出生する予定であつたことが認められるところ、右事実に後記認定の本件事故の態様、結果、本件事故直後の被告節子の行動、亡宋の年齢、同人が原告の妻であつたこと及び事故前の生活状況その他諸般の事情を考慮すると、原告が宋の死亡により被つた精神的損害に対する慰藉料額は一〇〇〇万円とするのが相当であると認められる。

(二)  葬儀費用 四〇万円

前掲乙第一一号証、成立に争いのない乙第一二号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば原告は、日本留学中に本件事故により妻である宋が死亡したため、まず大阪市内で葬儀を行つたが、原告、亡宋双方の親族がいずれも大韓民国内に居住しており、同国内においても亡宋の葬儀を行うため右大阪市内での葬儀の後帰国し再度亡宋の葬儀を行いそのための費用として四〇万円をこえる金員を支出したことが認められるところ、経験則によれば、原告が右二回の葬儀のために支出した費用のうち、本件事故と相当因果関係のあるのは合計四〇万円と認めるのが相当である。

四  過失相殺

前掲乙第一一号証、乙第一二号証の一部、成立に争いのない甲第二号証の一部、乙第六ないし第一〇、第一三ないし第一五号証(第九号証についてはその一部)、証人迫次雄の証言、同梶木静子の証言の一部、原告本人尋問の結果の一部、被告節子本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件道路は、おおむね北北西から南南東に伸びる歩車道の区別のない道路で、アスフアルトで舗装された路上にはセンターラインの表示があり、これにより北行車線、南行車線(以下、紛らわしくない限り、便宜上北北西を「北」、南南東を「南」として表わす。)各一車線ずつに分けられていること、事故現場付近における北行車線の幅員は四・六メートル、南行車線の幅員は四メートルであること、事故現場の南方には信号機により交通整理の行われている交差点(本件交差点)があつて、同交差点には北側と南側に本件道路の横断歩道が設けられていること、右横断歩道のうち北側の横断歩道(以下「北側横断歩道」という。)北端より二四・五メートル北方の本件道路西側には、おおむね西北西に伸びる幅員二・七メートルの道路(以下「西側小道」という。)が、本件道路と約四〇ないし五〇度の角度で斜めに接続していること、事故現場付近道路の両側は田や畑となつており、また、事故現場付近の道路際には街灯設備がなく、夜はほぼ真暗の状態になるものであること、本件道路における最高速度は、時速四〇キロメートルに制限されていること、事故当時事故現場付近は強い雨(いわゆる「土砂降り」の状態)が降つており、風もほぼ北から南の方向へ強く吹いていたこと

2  原告及び亡宋は、事故当時本件交差点の近く(本件道路を北から南へ進んできた場合、本件交差点を左へ折れてすぐの道路右側)に居住しており、亡宋は、原告と連れ立つて帰宅する途中本件事故に会つたものであること、亡宋は、当時妊娠一〇か月の身重の体であつたこと、原告及び亡宋は、折からの強い風雨のため、各々黒いこうもりがさの先端を北側に向けてさし、原告が先、亡宋が後になつて西側小道を通り本件道路上に出たものであるが、その際原告は、信号に従い北側横断歩道上かあるいはその直近を横断して帰宅しようと考え、亡宋も同じ考えから自分の後をついてくるものと思つて北行車線を北進してくる車両のみに気を付けながら(もつとも、原告らが本件道路に出てから事故発生までの間北進車両はなかつた。)、そのまま本件道路西端を南に向かつて歩き始めたこと、他方、亡宋は、西側小道から本件道路に出るや、南進車の有無には全く注意を払うことなく同道路西端から東南東の方向へ斜めに歩き出して道路中央へと進み、北側横断歩道北端から約二〇メートル北方のセンターライン付近(乙第一〇号証の現場見取図の〈ロ〉点付近)で南行車線内のセンターライン寄りを南進してきた加害車に接触して(南進中の加害車が亡宋と接触したことは、当事者間に争いがない。)路上に転倒し、その際頭部を路面に強打して脳挫傷、右硬膜下血腫、頭蓋骨・頭蓋底骨折、右側頭葉挫傷血腫等の傷害を負つたこと

3  被告節子は、時速約四五キロメートルの速度で加害車を運転し、ワイパーを一段目(二段式装置のうちゆつくりと作動する方)で作動させ、前照灯を減光状態(下向き)にしたまま、先行車や対向車が全くない状態で本件道路南行車線内のセンターライン寄りを南進し、接触地点の約四三メートル手前(北側横断歩道の約六三メートル手前)まで進行した時、本件交差点の南北方向の歩行者用信号が点滅しているのを認めたが、本件交差点までの距離からして車両用の対面信号が赤に変わる前に同交差点を通過できると考え、前記速度のまま同交差点南詰の東側にある車両用の対面信号の方を注目しながら進行を続けたところ、接触地点の約八・三メートル手前で同信号が黄に変わつたのを認めた直後、接触地点の約三・五メートル手前で初めて接触地点の約一メートル西方の地点まで出てきていた亡宋の姿を発見したものの、衝突を回避する措置を講ずる間もなく接触地点で自車右前部を亡宋に接触させたうえ、同人を約四メートル前方に跳ね飛ばして路上に転倒させたこと

4  被告節子は、右接触事故を起こしながら、そのまま本件交差点を通過して事故現場の約二〇〇メートル南方の地点まで加害車を進行させた後、そこに加害車を停め徒歩で事故現場に戻つたこと、一方、亡宋の加害車との接触及び路上への転倒を近くで目撃した原告は、加害車を追いかけたものの、同車は南方へ走り去つたため、やむなく自力で転倒したまま意識不明の状態で路上に倒れている亡宋の体を引きずるようにして事故現場東側の道路端まで移動させた後、本件交差点の東南角にある、原告らの当時居住していたアパートの家主である訴外梶木静子(以下「訴外梶木」という。)方に行き、同人を起こして同人方の玄関を開けてもらつてから再び亡宋のところへ引き返したこと、被告節子は、原告が一旦訴外梶木方に行つた後亡宋のところへ引き返す前に事故現場に戻り、亡宋の傍らで通行する車両に救助を求めたところ、自動車で通り掛かつた訴外迫次雄らがこれを認めて下車し、同人らと訴外梶木方から引き返してきた原告とで亡宋を訴外梶木方内まで運び入れたこと、その後亡宋は、訴外梶木の通報により現場に急行した救急車で病院に収容されたが、意識を回復しないまま昭和四九年四月二九日死亡し、胎内の胎児も出生するに至らなかつたこと

以上の事実が認められ、甲第二号証、乙第九、第一二号証、証人梶木静子の証言、原告本人尋問の結果中右認定に沿わない部分は、前掲各証拠に照らし採用し難く、他に右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、被告節子には、事故当時現場付近が真暗であるうえに折からの強い風雨のため見通しが極めて悪く、しかも、雨のため路面が濡れ制動が効きにくい状態にあつたのであるから、ワイパーを二段目(二段式装置のうち速く作動する方)で作動させ、前照灯を正射の状態にして(前掲乙第六号証によれば、加害車の前照灯の照射距離は、正射時で約一〇〇メートル、減光時で約三五メートルであつたことが認められる。なお、当時対向車や先行車がなかつたから、加害車が前照灯を正射させることに特に支障はなかつたと解される。)前方の見通しをできるだけよくし、かつ、自車の速度を少なくとも制限速度をやや下回る速度まで落として、前方をよく注視しながら進行すべきであつたにもかかわらず、ワイパーを一段目で作動させ、前照灯を減光状態にしたまま、減速をするどころかかえつて制限速度を約五キロメートル上回る速度で、しかも、本件交差点に差し掛かつた際同交差点を赤信号により停止することなく通過できるかどうかの方に気を奪われ、対面信号の方に注目して道路上に対する注視をおろそかにした状態で進行を続けた過失があるものというべきである。なお、前認定の事実からすると、被告節子が事故現場付近に加害車を停止させ、直ちに原告と協力して亡宋の救助にあたつていれば、亡宋を病院に収容する時期を多少早めえた可能性もないではないが、前認定の亡宋の受傷状況、受傷の程度及び死亡に至るまでの経過に、被告節子が事故現場を離れてから徒歩で現場に戻つてくるまでに要したと思われる時間(さしたる時間ではない。)や実際の亡宋の救助状況等をも併せ考えると、被告節子が事故後直ちに亡宋の救助にあたつていたとしても、同人が死亡する結果を回避するには至らなかつたものと推認するのが相当であり、従つて、被告節子が事故後直ちに亡宋の救助にあたらなかつた事実を過失相殺の判断にあたつて考慮すべき事情に含めることはできないものというべきである。

他方、前認定の亡宋の歩行態様、斜め歩行を行つた位置、現場付近の道路状況及び当時の亡宋と原告の住居の位置からすると、亡宋は、本件道路を横断する意思で前認定のように本件道路上を斜めに歩行し始めたものと推認するのが相当であるところ、右の事実及び前認定の事実によれば、亡宋にも、近くに横断歩道があり、同交差点の信号に従つて横断歩道上を横断すれば通行車両の危険にさらされずに済み、しかも、横断歩道上を横断する方法をとつても帰宅するのに格別遠回りになるという程でもないのに、本件交差点の本件道路と交差する道路の方向の信号が赤となつている状態の時に(前認定の本件現場の道路状況及び亡宋の本件道路横断状況からして、亡宋は、右横断開始時において、南北方向の車両用信号が青であることを知つていたか、少なくともちよつと注意すればそれに気付きうる状況にあつたと解される。)横断歩道の近く(横断開始地点は北側横断歩道の約二五メートル北、接触地点は同横断歩道の約二〇メートル北である。)を、南進車両に全く注意することなくかさの先を北方に向けてさし丁度南進車両にほゞ背を向けるような格好で斜めに横断し始め、センターライン付近まで進出した過失があるものというべきである(なお、前認定のとおり、原告は亡宋が自分の後をついて本件道路西端を歩いてくるかどうか確認せずに横断歩道の方へ歩いていつたものであるが、亡宋が事故当時認識能力や判断能力に欠陥のある者であつたと認めるに足りる証拠はないから、原告の右の行為をもつて過失相殺をするうえにおいて考慮すべき過失行為と解するのは相当でない。)。

本件事故の発生について認められる被告節子、亡宋双方の過失は右のとおりであり、その内容、程度その他諸般の事情を考慮すると、過失相殺として亡宋及び原告に生じた前記損害の各五割を減ずるのが相当と認められる。

なお、被告らが原告に対し、亡宋の入院治療費、入院付添費及び入院雑費として合計一八〇万三三〇〇円の支払をしたことは、当事者間に争いがないところ、右支払分相当の損害が本訴請求外のものであることは明らかであるが、これも前記損害とともに右過失相殺の対象となるものというべく、そこで右支払分を含めた全損害につき、前記割合により過失相殺をすると、亡宋に九二六万八八三五円、原告に六一〇万一六五〇円の損害賠償債権がそれぞれ帰属したことになる。

五  権利の承継

前認定のとおり、原告は亡宋の夫であり、前掲甲第一号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、亡宋には直系卑属のないことが認められるから、原告は、大韓民国民法一〇〇二条に従い、宋の死亡により同人に帰属した損害賠償債権全額を相続により取得したものといえる。従つて、結局、被告らが原告に対し賠償すべき債権額は一五三七万〇四八五円となる。

六  損害の填補

請求原因四の事実は、当事者間に争いがなく、また、前記のとおり被告らは原告に対し、亡宋の入院治療費等として一八〇万三三〇〇円の支払をなしているものである。そこで、被告らが原告に対し賠償すべき前記債権額から右既払分合計一一八〇万三三〇〇円を差し引くと、原告の有する債権残額は三五六万七一八五円となる。

七  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告らに対し、本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は三六万円とするのが相当であると認められる。

八  結論

よつて、被告らは各自、原告に対し、三九二万七一八五円及び右弁護士費用相当の損害額三六万円を控除した三五六万七一八五円に対する本件不法行為の日の翌日である昭和五〇年四月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木弘 畑中英明 大田黒昔生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例